さくらのぶらじゃぁ初体験 44
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その頃、家の外では別の一悶着がおきていた。
ガンガンと金属を叩く音がする。それは、園美が悔しさのすべてを助手席のドアに叩きつけている音だった。
見ている知世も、サングラスで表情の見えないボディガード達も、額にじとっとした汗を浮かべ、園美を遠巻きにしている。
黒塗りのセダンは、俗に「高収入」と称される「一般人の一桁上の年収」を全てつぎ込んだとしても、2年近く分を要するヨーロッパ製高級車。ドアに靴の裏を叩きつけて出来たヘコミの修理には、おそらく大衆車一台分くらいの費用を要するだろう。それが母親──自分たちのボスの、まるで駄々っ子のようなワガママによるものだと思うと、ため息のひとつくらいは漏れようというものだ。
その頃、家の外では別の一悶着がおきていた。
ガンガンと金属を叩く音がする。それは、園美が悔しさのすべてを助手席のドアに叩きつけている音だった。
見ている知世も、サングラスで表情の見えないボディガード達も、額にじとっとした汗を浮かべ、園美を遠巻きにしている。
黒塗りのセダンは、俗に「高収入」と称される「一般人の一桁上の年収」を全てつぎ込んだとしても、2年近く分を要するヨーロッパ製高級車。ドアに靴の裏を叩きつけて出来たヘコミの修理には、おそらく大衆車一台分くらいの費用を要するだろう。それが母親──自分たちのボスの、まるで駄々っ子のようなワガママによるものだと思うと、ため息のひとつくらいは漏れようというものだ。
「悔しい! 悔しい!! 悔しいッ!!」
言いながら、なおもヘコミを深くする園美。ビジネスでもこれほどの屈辱を味わった事はそう多くない。藤隆を完全に屈服させ、みっともない醜態を晒させる事ができると心躍らせて乗り込んできたのに、毫ほどもそれを叶える事ができなかった。
それにしてもあの達観した態度はいったいなんだ。
父親として、娘にいつまでも甘えられたいという欲求は、あの男にはないのか。そうした身勝手な欲求を、娘であるさくらにセクハラ紛いの行為としてぶつけようという欲望を本当にあの男は持っていないとでも言うのか。
それではまるで、さくらを「本当に愛している」かのようではないか。なんの歪みもなく、父親として、真っ当に。
ということは、妻とした撫子の事も本当に愛していたという事になるのか。なんの打算も欲望もなく、純粋に撫子を愛し、そして結ばれたというのか。
いや、認めない。世界中の全てが認めようと、自分だけは決して認めない。撫子はあの悪い虫に「喰われて」しまったのだ。大切に守っていた我が手から、騙されて奪い去られてしまったたのだ。あんなに気をつけていたのに。あれほど口を酸っぱくして注意したのに。
だからいつか、あの仮面を剥いでやる。爽やかな笑顔に隠された本性を暴きだし、完膚なきまでに叩きのめして、その情け無い姿に自分の娘にも愛想をつかされ、存在を無視されるようにしてやる──
園美は、悔しさに身体を震わせながら、ドアのへこみに浮かび上がる藤隆のさわやかな笑みを蹴りつけていた。
「お母様………」
知世が声を掛けると、園美が振り返る。まさに鬼かと思う形相を知世はあっさり受け流し、愛らしい微笑みを見せた。
園美が暴走状態になったとき、それを止められるのは知世だけだ。園美の「母親」としてのプライドをくすぐり、あまり娘の前で恥ずかしい事はできないという自制が働くのを待つ。今回もこの方法には効果があった。
園美はまるで拗ねた子供がそうするように、ぷいと横を向き、膨れ面をしている。それをただ微笑みを浮かべて見守る知世の図は、どちらが本当の母親なのか判らない。
でも、それだけでは状況が膠着してしまうので、知世はさらに別の話を振って、園美の気を逸らす事にした。
「………ところでお母様? さくらちゃんが試着されたもの……全部買われてしまったんですね?」
ごくごくさり気ない口調で、園美にとっては触れられたくないところを的確に突く。案の定、園美はぎょっとして知世を振り返った。
バレていないと思っていたらしいのだが、実はさくらが試着したブラやショーツは、みんな別にしておき、園美が買い上げてしまったのだ。
「………い、いいじゃない。だって、さくらちゃんの生まれて初めてのブラは、あなたが取ってしまったんですもの。二番目からは私のものよ!」
と、訳のわからない理屈を開陳する園美。俗に「大人買い」と呼ばれる物品の購入方法が、「大人気ない買い方」の略ではないかと思わせる態度である。
「でも、試着したブラとおなじ、新しい品物も、別に購入されていましたよね?」
まるでごく日常の和やかな会話の口調で、園美のヒミツをさらに抉り出す知世。さらに驚いたのか、園美は口をパクパクさせている。
これまたうまくいったと思っていたのだが、さくらが試着したのと全く同じブラジャーやショーツを、園美は別の目的で買い求めていた。もちろん、サイズがあまりにも違うから、「自分で着けるため」ではない。
「私も同じものを持っていますから、重なってしまうと、誤って私のを持っていってしまうかもしれませんね。さくらちゃんをお泊めになるときは、事前にご相談してくださいね」
表情はあくまで微笑み、口調は穏やかなそれだが、言っている事は犯罪スレスレだ。
前に言ったとおり、知世はさくらと時々ブラジャーやショーツを交換するつもりでいる。さくらの身につけた衣類、それも素肌につけた物を身につける事ができるなんて、考えただけでドキドキもの。その逆で、自分の肌を包んでいた物が、さくらの肌に触れる事にもなる。嬉し恥ずかしすぎて気が遠くなりそうだ。
だが、知世の部屋で試着したときの反応からすると、さくらはこの交換に抵抗を示すかもしれない。まぁ、そのときは、着替える状況をこしらえて、こっそり自分のと交換してしまえばいいことだ。
だが、そこに園美が割って入ってくると、ちょっと問題が生じる。園美は園美で、さくらを家に泊めたりしたとき、入浴などの隙をついて、自分が買った新品と交換し、さくらが身につけていた下着を手に入れようと画策している。
互いの思惑を相談なしで行ったら、知世がさくらの物のつもりで、園美の買ったものを手にしてしまったり、逆に、園美に知世の物が渡ったりする事が充分に考えられる。楽しんだつもりが、実は希望とは違うものでした──では、後で精神的ショックが大きい。
言いながら、なおもヘコミを深くする園美。ビジネスでもこれほどの屈辱を味わった事はそう多くない。藤隆を完全に屈服させ、みっともない醜態を晒させる事ができると心躍らせて乗り込んできたのに、毫ほどもそれを叶える事ができなかった。
それにしてもあの達観した態度はいったいなんだ。
父親として、娘にいつまでも甘えられたいという欲求は、あの男にはないのか。そうした身勝手な欲求を、娘であるさくらにセクハラ紛いの行為としてぶつけようという欲望を本当にあの男は持っていないとでも言うのか。
それではまるで、さくらを「本当に愛している」かのようではないか。なんの歪みもなく、父親として、真っ当に。
ということは、妻とした撫子の事も本当に愛していたという事になるのか。なんの打算も欲望もなく、純粋に撫子を愛し、そして結ばれたというのか。
いや、認めない。世界中の全てが認めようと、自分だけは決して認めない。撫子はあの悪い虫に「喰われて」しまったのだ。大切に守っていた我が手から、騙されて奪い去られてしまったたのだ。あんなに気をつけていたのに。あれほど口を酸っぱくして注意したのに。
だからいつか、あの仮面を剥いでやる。爽やかな笑顔に隠された本性を暴きだし、完膚なきまでに叩きのめして、その情け無い姿に自分の娘にも愛想をつかされ、存在を無視されるようにしてやる──
園美は、悔しさに身体を震わせながら、ドアのへこみに浮かび上がる藤隆のさわやかな笑みを蹴りつけていた。
「お母様………」
知世が声を掛けると、園美が振り返る。まさに鬼かと思う形相を知世はあっさり受け流し、愛らしい微笑みを見せた。
園美が暴走状態になったとき、それを止められるのは知世だけだ。園美の「母親」としてのプライドをくすぐり、あまり娘の前で恥ずかしい事はできないという自制が働くのを待つ。今回もこの方法には効果があった。
園美はまるで拗ねた子供がそうするように、ぷいと横を向き、膨れ面をしている。それをただ微笑みを浮かべて見守る知世の図は、どちらが本当の母親なのか判らない。
でも、それだけでは状況が膠着してしまうので、知世はさらに別の話を振って、園美の気を逸らす事にした。
「………ところでお母様? さくらちゃんが試着されたもの……全部買われてしまったんですね?」
ごくごくさり気ない口調で、園美にとっては触れられたくないところを的確に突く。案の定、園美はぎょっとして知世を振り返った。
バレていないと思っていたらしいのだが、実はさくらが試着したブラやショーツは、みんな別にしておき、園美が買い上げてしまったのだ。
「………い、いいじゃない。だって、さくらちゃんの生まれて初めてのブラは、あなたが取ってしまったんですもの。二番目からは私のものよ!」
と、訳のわからない理屈を開陳する園美。俗に「大人買い」と呼ばれる物品の購入方法が、「大人気ない買い方」の略ではないかと思わせる態度である。
「でも、試着したブラとおなじ、新しい品物も、別に購入されていましたよね?」
まるでごく日常の和やかな会話の口調で、園美のヒミツをさらに抉り出す知世。さらに驚いたのか、園美は口をパクパクさせている。
これまたうまくいったと思っていたのだが、さくらが試着したのと全く同じブラジャーやショーツを、園美は別の目的で買い求めていた。もちろん、サイズがあまりにも違うから、「自分で着けるため」ではない。
「私も同じものを持っていますから、重なってしまうと、誤って私のを持っていってしまうかもしれませんね。さくらちゃんをお泊めになるときは、事前にご相談してくださいね」
表情はあくまで微笑み、口調は穏やかなそれだが、言っている事は犯罪スレスレだ。
前に言ったとおり、知世はさくらと時々ブラジャーやショーツを交換するつもりでいる。さくらの身につけた衣類、それも素肌につけた物を身につける事ができるなんて、考えただけでドキドキもの。その逆で、自分の肌を包んでいた物が、さくらの肌に触れる事にもなる。嬉し恥ずかしすぎて気が遠くなりそうだ。
だが、知世の部屋で試着したときの反応からすると、さくらはこの交換に抵抗を示すかもしれない。まぁ、そのときは、着替える状況をこしらえて、こっそり自分のと交換してしまえばいいことだ。
だが、そこに園美が割って入ってくると、ちょっと問題が生じる。園美は園美で、さくらを家に泊めたりしたとき、入浴などの隙をついて、自分が買った新品と交換し、さくらが身につけていた下着を手に入れようと画策している。
互いの思惑を相談なしで行ったら、知世がさくらの物のつもりで、園美の買ったものを手にしてしまったり、逆に、園美に知世の物が渡ったりする事が充分に考えられる。楽しんだつもりが、実は希望とは違うものでした──では、後で精神的ショックが大きい。