さくらの恋人候補生 11
「ま、どうぞ」
そう言って処置室の中に案内する。
知世は幅の狭いベッドに横にされ、左腕には点滴の針が刺さっていた。眠っているのか、目を瞑っている。
「外傷はまったくありません。犬に襲われたとの連絡でしたが、どこも噛まれてはいないですよ」
医者の言葉に、全員が安堵の表情を浮かべた。何しろ相手は女のコである。飼い犬が噛み付いて、キズを残したとあっては、とんでもない事体になりかねない。
「ただ……相当に強い精神的ショックを受けたようです。頻拍発作と血圧低下が見られましたので、鎮静剤を点滴しています」
そう言って処置室の中に案内する。
知世は幅の狭いベッドに横にされ、左腕には点滴の針が刺さっていた。眠っているのか、目を瞑っている。
「外傷はまったくありません。犬に襲われたとの連絡でしたが、どこも噛まれてはいないですよ」
医者の言葉に、全員が安堵の表情を浮かべた。何しろ相手は女のコである。飼い犬が噛み付いて、キズを残したとあっては、とんでもない事体になりかねない。
「ただ……相当に強い精神的ショックを受けたようです。頻拍発作と血圧低下が見られましたので、鎮静剤を点滴しています」
いったん、言葉を切った医師は、周囲を見回すと、
「患者さんは、犬に相当のトラウマがあったんじゃありませんか? 外傷なしにこれだけのショックというのは、普通、ありえないので……」
と続けた。
「はい」
園美がそれに応える。
「とらうまって、何ですか?」
さくらが意味の判らない言葉を疑問に思い、訊いた。
「心的外傷といってね、例えば犬に噛まれたりした事のある人は、そのショックが心の傷になって、犬を怖がるようになるんだ。そうすると、犬を見たりすると、身体が震えたり、冷が出たり、心臓が痛いくらいにドキドキして気持ち悪くなったりするんだ」
丁寧な医師の説明で、内容を理解したさくらは、けれどそのために青ざめていく。
「じゃ……じゃぁ……わたしのせいですか?
泣きそうな声で言った。もちろん、責任を逃れようとしての言葉ではなく、逆に、責任を強く感じたからこその声だ。
「さくらちゃんのせいじゃないわ……もう、ずっと昔の話ですもの……」
思い出すのも苦々しいのか、園美の口調には暗さがあった。
園美がかいつまんで話した内容によると、知世の家、大道寺家では、昔、オスのピレネーを飼っていたのだそうだ。
知世に遅れる事、3年ほどで生まれたそのピレネーは、しかし種族の違いで、あっという間に知世を追い抜き、2年程で、体重が40kgを越える立派な成犬となった。
幼稚園児となっていた知世は、そのピレネーが好きで、よく庭で遊んでいたのだが、成犬となった彼は、ある日、身近にいた雌性である知世にマウントを仕掛けたのだ。
大人しく改良されたとはいえ、根底に流れる獣の血は抑えが利かなかったらしい。
叫び声を聞いて、駆けつけた園美が見たものは、幼児らしくまだ短かったスカートを食い千切られ、プリント生地のショーツをむき出しに、四つん這いにされた知世が前脚でがっちりとホールドされ、カクカクと腰を打ち付けられている姿だった──
「……まぁ、そんなわけで、そのコはすぐにペットショップに引き取ってもらって、その後は、知世にはできるだけ犬を近づけないようにしてたってわけ」
園美の言葉に、さくらの目には涙が浮かぶ。
「じゃ……じゃぁ……わたしが……知世ちゃん苦手なのに、わたしが……」
泣きそうな声で言いかけたそのとき、伸ばされた知世の手が、さくらの手を握った。
「さくらちゃんのせいでは……ありませんわ……」
掠れるような声で、知世が言う。どうやら園美の話の辺りから、気がついていたらしい。
「……お母様の言うとおりです……忘れていた……というより、そんな事があったのも、覚えていません……だから、さくらちゃんのせいではありませんわ……」
「でも! わたしが誘ったりしなかったら、わたしが気をつけていたら、知世ちゃんは……」
「私自身が覚えていない事を、さくらちゃんが気をつけられる訳がないではありませんか?……」
泣きじゃくるさくらの言葉を遮り、知世は言った。
それから、医師の方を向き、
「先生……起きても大丈夫ですか?……」
と、問う。平気だということを、大丈夫だという事を、さくらに見せなくてはいけない。そうしないと、さくらはいつまでも気に病んでしまう。そう思った。
「いいですよ。でも、一人で歩くのはダメです。鎮静剤でフラフラするはずですからね」
医者が許可を出したと知るや、知世は身体を起こそうとする。
近くの看護婦と、さくらが慌てて知世を支えた。
「患者さんは、犬に相当のトラウマがあったんじゃありませんか? 外傷なしにこれだけのショックというのは、普通、ありえないので……」
と続けた。
「はい」
園美がそれに応える。
「とらうまって、何ですか?」
さくらが意味の判らない言葉を疑問に思い、訊いた。
「心的外傷といってね、例えば犬に噛まれたりした事のある人は、そのショックが心の傷になって、犬を怖がるようになるんだ。そうすると、犬を見たりすると、身体が震えたり、冷が出たり、心臓が痛いくらいにドキドキして気持ち悪くなったりするんだ」
丁寧な医師の説明で、内容を理解したさくらは、けれどそのために青ざめていく。
「じゃ……じゃぁ……わたしのせいですか?
泣きそうな声で言った。もちろん、責任を逃れようとしての言葉ではなく、逆に、責任を強く感じたからこその声だ。
「さくらちゃんのせいじゃないわ……もう、ずっと昔の話ですもの……」
思い出すのも苦々しいのか、園美の口調には暗さがあった。
園美がかいつまんで話した内容によると、知世の家、大道寺家では、昔、オスのピレネーを飼っていたのだそうだ。
知世に遅れる事、3年ほどで生まれたそのピレネーは、しかし種族の違いで、あっという間に知世を追い抜き、2年程で、体重が40kgを越える立派な成犬となった。
幼稚園児となっていた知世は、そのピレネーが好きで、よく庭で遊んでいたのだが、成犬となった彼は、ある日、身近にいた雌性である知世にマウントを仕掛けたのだ。
大人しく改良されたとはいえ、根底に流れる獣の血は抑えが利かなかったらしい。
叫び声を聞いて、駆けつけた園美が見たものは、幼児らしくまだ短かったスカートを食い千切られ、プリント生地のショーツをむき出しに、四つん這いにされた知世が前脚でがっちりとホールドされ、カクカクと腰を打ち付けられている姿だった──
「……まぁ、そんなわけで、そのコはすぐにペットショップに引き取ってもらって、その後は、知世にはできるだけ犬を近づけないようにしてたってわけ」
園美の言葉に、さくらの目には涙が浮かぶ。
「じゃ……じゃぁ……わたしが……知世ちゃん苦手なのに、わたしが……」
泣きそうな声で言いかけたそのとき、伸ばされた知世の手が、さくらの手を握った。
「さくらちゃんのせいでは……ありませんわ……」
掠れるような声で、知世が言う。どうやら園美の話の辺りから、気がついていたらしい。
「……お母様の言うとおりです……忘れていた……というより、そんな事があったのも、覚えていません……だから、さくらちゃんのせいではありませんわ……」
「でも! わたしが誘ったりしなかったら、わたしが気をつけていたら、知世ちゃんは……」
「私自身が覚えていない事を、さくらちゃんが気をつけられる訳がないではありませんか?……」
泣きじゃくるさくらの言葉を遮り、知世は言った。
それから、医師の方を向き、
「先生……起きても大丈夫ですか?……」
と、問う。平気だということを、大丈夫だという事を、さくらに見せなくてはいけない。そうしないと、さくらはいつまでも気に病んでしまう。そう思った。
「いいですよ。でも、一人で歩くのはダメです。鎮静剤でフラフラするはずですからね」
医者が許可を出したと知るや、知世は身体を起こそうとする。
近くの看護婦と、さくらが慌てて知世を支えた。